ビックリマンをささえた人たち


タイトルタイトル
『ビックリマン悪魔vs天使編』販売当時の裏で、どのようなことが起こっていたのか?
当時の担当者に迫った。
記者 「『悪魔vs天使編』販売当時の思い出を話してもらえますか?」
工場担当 「ああ、あの頃のことは今でも印象に残っているよ。生産が間に合わなかったから365日工場はフル稼動だったしね。私なんかほとんど休んだことなかったくらいだし。なにせ常に休日出勤してたからね。」
記者 「よく体が持ちましたね。」
工場担当 「いやぁ、その頃は今より若かったし・・。時間的な苦労もあったけど、ほかにも解決しなければいけない点もあったよ。」
記者 「具体的にはどんなことだったんですか?」
工場担当 「シールがきちんと封入されているかのチェックを厳しくするための、設備の増強かな。不備があるとお客様に大変な迷惑をかけるしね。」
相談室担当 「私のところにはビックリマンがどこに売っているのか?とかストーリーの内容について教えて、といった子供達や親御さんからたくさん電話がきたよ。」
記者 「ストーリーについて質問されても答えられないんじゃないですか?」
相談室担当 「こちらは物語については素人だから、必死に勉強して、なんとか答えようとしていたね。もうビックリマンの電話だけで1日が終わるって感じだった。」
記者 「今でも覚えてます?」
相談室担当 「う〜ん。難しい造語がたくさん出てきたもんなぁ。(笑)」
記者 「完全に反後さんワールドでしたもんね。」
相談室担当 「そういえば、その当時、よく反後さんに聞きに行ってたなぁ。ヘッドロココって誰が変身したんですか?とかね。」
記者 「よく知っているじゃないですか(笑)営業さんの当時はどうでした?」
営業担当 「その頃、名古屋勤務だったんだけど、あっちでも、ものすごいブームでしたよ。得意先との挨拶がまず、ビックリマンまだありますか?だったんですよ。営業車でスーパーや商店に行くでしょ、そうすると子供達が群がってきちゃう。」
記者 「営業車にロッテって書いてありますからね。」
営業担当 「そうなんですよ。あの頃は商品が足りなかったから子供達にも不便な思いをさせてしまったしね。」
相談室担当 「どの店にビックリマンが入荷したか、が子供の間で話題になったり、ビックリマンを探しに、何軒もはしごまでしてくれたって子がたくさんいましたね。」
営業担当 「商品が足りなくて”1人3個まで”といった状況にもなってしまったんだよ。」
相談室担当 「私が聞いた中で一番驚いたのは、キオスク(※駅の売店)に売ってたので、入場券を購入してまでビックリマンを買い求めてくれたって話だよ。入場券のほうが高いのに。」
記者 「買うのも戦いだったんですね。」
工場担当 「みんなの話を聞いていると責任感じちゃうなぁ。工場はフル稼動してたんだけど、需要を満たすのは本当に大変だった。」
記者 「皆さんががむしゃらになっていた様子が伝わってきましが、その原動力は何だったんでしょうか?」
工場担当 「う〜ん、ビックリマンを中心に各部署の担当者で、ある種の一体感があったよね。」
相談室担当 「そうですね。ともかくみんな必死だった。そうすると必死な人同士はお互いに波長が合うようになってて、一緒に仕事をしているんだなぁって感じ合えるもんだよね。」
工場担当 「そうだね。目を見ればビックリマンを担当しているもの同士って分かった。(笑)」
相談室担当 「それって、お客さんも一緒だったんじゃないかな。」
営業担当 「子供達がビックリマンを見てる目って輝いていたよね。こちらの心意気にお客さんが応えてくれて、お客さんの気持ちにこちらが応えようとがんばった。ビックリマンという商品を通じてそれが味わえたことは、営業マンとして幸せだったかな。」
工場担当 「まったく、そうだね。」
当時の担当者が語った今回のスクープ2003ですが、彼等の熱意と情熱が少しでも伝えられれば幸いです。
次回はまたイラストレーターが登場します。お楽しみに!!


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